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人気定番 自筆「源氏物語」女三の宮、紫の上、明石御方、明石女御の女楽(演奏)が終わり和やかな雰囲気・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-41B 和書

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メーカー 39ea77ef82 発売日 2025-04-12 17:35 定価 25000円
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人気定番 自筆「源氏物語」女三の宮、紫の上、明石御方、明石女御の女楽(演奏)が終わり和やかな雰囲気・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-41B 和書

自筆「源氏物語」女三の宮、紫の上、明石御方、明石女御の女楽(演奏)が終わり和やかな雰囲気・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-41B_画像1 自筆「源氏物語」女三の宮、紫の上、明石御方、明石女御の女楽(演奏)が終わり和やかな雰囲気・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-41B_画像2 自筆「源氏物語」女三の宮、紫の上、明石御方、明石女御の女楽(演奏)が終わり和やかな雰囲気・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-41B_「懸其所仕之車置諸廟」漢詩文の落款 閉じる

「懸其所仕之車置諸廟」漢詩文の落款

自筆「源氏物語」女三の宮、紫の上、明石御方、明石女御の女楽(演奏)が終わり和やかな雰囲気・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-41B_仙台藩医・木村寿禎の落款 閉じる

仙台藩医・木村寿禎の落款

自筆「源氏物語」女三の宮、紫の上、明石御方、明石女御の女楽(演奏)が終わり和やかな雰囲気・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-41B_断層画像写真 閉じる

断層画像写真

自筆「源氏物語」女三の宮、紫の上、明石御方、明石女御の女楽(演奏)が終わり和やかな雰囲気・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-41B_左が源氏の君、右が明石の君 閉じる

左が源氏の君、右が明石の君

自筆「源氏物語」女三の宮、紫の上、明石御方、明石女御の女楽(演奏)が終わり和やかな雰囲気・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-41B_右が紫の上、左が女三の宮の模型 閉じる

右が紫の上、左が女三の宮の模型

自筆「源氏物語」女三の宮、紫の上、明石御方、明石女御の女楽(演奏)が終わり和やかな雰囲気・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-41B_右から紫の上、明石の女御、女三の宮の演奏 閉じる

右から紫の上、明石の女御、女三の宮の演奏

自筆「源氏物語」女三の宮、紫の上、明石御方、明石女御の女楽(演奏)が終わり和やかな雰囲気・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-41B_左が柏木、右が夕霧(国宝・源氏物語絵巻) 閉じる

左が柏木、右が夕霧(国宝・源氏物語絵巻)

自筆「源氏物語」女三の宮、紫の上、明石御方、明石女御の女楽(演奏)が終わり和やかな雰囲気・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-41B_不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款 閉じる

不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款

令和6年から「源氏物語」の作者・紫式部をモデルにしたNHK大河ドラマ「光る君へ」が放送されております。重文 四天王寺蔵 細字法華経 出口常順監修 昭和54年日本仏教研究所刊 仏教美術 古写経 聖徳太子 大阪市天王寺区 和本 古文書。

京都の公卿・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵

自筆「源氏物語」の「若菜(わかな)下」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。写本 大久保忠休編『武野八景』明治時代写 武蔵野地誌 絵入。


自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。貫名菘翁印譜集 小林発編『菘翁遺印』限定100部 明治5年刊 明治時代和本 貫名海屋 原鈐印譜集 落款 篆刻。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。◆古文書 進物目録 進上 御太刀一腰・御馬1匹 西村 江戸時代 ab。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。行幸記念誌/桐生高等工業学校/昭和10年/非売品/今上天皇陛下畏くも聖駕を我校に枉げ させ給ひ長時に亙つて親しく校内を天覽あらせらる。現在の今上天皇と系譜がつながっている。「西洋旅案内」/上下/福沢諭吉著/慶應義塾蔵版/慶応3年/尚古堂発売/2冊。

 関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。耶蘇の九福 本間清 大正11 戦前朝鮮半島 キリスト教 基督教 新約聖書 検)朝鮮併合時代神学宗教学カトリック教会 プロテスタント教会 NV。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。宮武外骨 此中にあり 雑誌集成 第2期 第5回配本 22巻 文明雑誌/頓智と滑稽 他 :23巻 幸徳一派大逆事件顛末他 ゆまに書房。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。◆古文書 進物目録 進上 御太刀一腰・御馬1匹 松平丹後与守門 江戸時代 ab。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。♪古書 和本 木版 享保元年 女志○○ 二巻。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。高田政度(高田清兵衛)編『蠡海節用集』寛政5年 吉文字屋市兵衛他刊 江戸時代和本 辞書。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。☆E0180和本江戸天保15年(1844)武家故実小笠原流写本「軍用之書」3冊/高野杏順友尚/絵入古書古文書/手書き。(資料の記録は下記に掲示)

 出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。隆円『近世念仏往生伝』(6冊=第1編全3冊+第2編全3冊)文化3年 神先宗八他刊 江戸時代和本 仏教書 仏書。
 自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。写本 発汗有匹 文久3年 江戸時代 漢方学 薬学薬理学 東洋医学 戦前江戸期明治大正古書和書古本 NM。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。雲電吟社同人著 奈倉梧月選(正岡子規弟子)『稲妻 雲電吟社同人句集』昭和10年 雲電倶楽部刊(島根県松江市)出雲俳壇 俳句 俳書。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。完品 関野準一郎『拓摺版 瞽説史記』限定95部 昭和50年 ギャラリー吾八刊。また、各巻ごとの書かれた年については不明。波部主一編『山陽詳伝』(全2冊揃)明治11年 青木恒三郎(嵩山堂)頼山陽伝記 明治時代和本 漢文集。従って、応永五年とは、書き始めの年である。真宗安心勤詞小筌 3冊揃 明和6年 勧詞小筌 浄土真宗 検)仏教仏陀浄土宗真言宗天台宗日蓮宗空海親鸞法然密教 古書和書古文書古本 NT。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。希少! 読本研究 広島文教女子大学 18冊揃い 初輯~第10輯 1987 古書 和本。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。古文書 書簡 酒井三良 鈴木宗味 宛て 封筒付き 福島県 会津地方 三島町 歴史資料 日本美術院 日本画 (レターパックライト発送)。


 大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。松平定信『閑なるあまり』元治元年 頼氏蔵梓 太田源之助旧蔵書 江戸時代和本。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門」を称する。真宗意得鈔・因果鈔・信行一念鈔・念仏往生義など  仏教 元禄3年 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗空海親鸞法然密教 江戸時代 古書和書古本NR。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。景年墨華 大正八年 今井八方堂 今井貞次郎 発行 古書 古文書 和書 古本 骨董 古美術。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。4 古文書 模写 写し 写本 千葉県令 申上書 市町村 沿革 明治維新 肉筆 大隈重信。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。倉田萩三郎(倉田萩郎)編『俳諧霧の草鞋』大正14年刊(前橋市/非売品)正岡子規に師事した俳人 俳句 俳諧 俳書。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。(中国清代)余照 東條耕(東条琴台)校訂『詩韻珠キ』(全5巻揃)天保2年 河内屋茂兵衛他刊 江戸時代和本 唐本漢籍和刻本 中国語音韻書。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。【印刷工芸】「御物金深万葉帖」 発行者 佐々木信綱 尚古會 清水印刷所 萬葉 昭和七年発行 y92270434。


 旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。富田永世輯録『上野名跡誌』限定200部 明治18年序(非売私家版)明治時代和本 和装活字本「活版上野名跡誌限二百部」上野國史料 上野国。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。日本工藝史概説 奥田誠一 昭和6年 1103V5G。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。啓蒙手習の文 上・下巻 福沢諭吉編 古文書。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。写本 平井権八郎黒鍬形 平井権八郎由緒并目黒比翼塚之仕第 江戸時代 白井権八 因幡国鳥取藩 鳥取県鳥取市 歌舞伎浄瑠璃 古書古文書 NS。

 出品した「源氏物語」は「若菜(わかな)下」の内容の要旨
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。『台湾戸口制度要論』大正14年 台湾総督府警察官及司獄官練習所編刊(台北市)大正時代の台湾統治資料。若菜・下の巻名は朱雀院(前朱雀天皇)の五十の御賀があり、源氏の君はその賀宴を「このたび足りたまはん年、若菜など調(てう)じてや」に因む。名取草雙蝶々 上★嘉永4年1851年★松林堂梓(520)。柏木は朱雀院(前朱雀天皇)皇女で源氏の君の正室に降嫁した女三の宮へのかなえられない恋に煩悶する。チャールズ・キングズリー著 皆川正禧訳『希臘勇士譚 英和対訳 巻一』明治37年 内外出版協会刊 小泉八雲・夏目漱石に学んだ英文学者。四年の歳月が経過。美品『重要文化財 日月山水図屏風』 大阪 金剛寺蔵 函 解説 便利堂 縮小屏風。冷泉天皇は在位十八年にして東宮に譲位し今上天皇として即位した。泉漾太郞『民謡集 河鹿の歌』昭和4年 大地舎版(初版本)竹久夢二との交友で知られる詩人 野口雨情弟子。翌年、朱雀院(前朱雀天皇)と女三の宮との対面を企画し五十の賀宴が催されることになった。勝間慧明編輯『幾何画法 全 堺縣上等小學課用』明治12年 東北舎/高橋平三刊(堺県)奈良県郷土史料 明治時代和本 図法幾何学書 製図法。源氏の君は六条院の女たちによる「女楽」による演奏の宴を開いた。(中国・明)羅本撰 本城維芳訳『通俗平妖伝』(全10巻8冊揃)享和2年 田中庄兵衛刊 江戸時代和本 滝沢馬琴愛読の中国白話小説 中国文学。柏木は、女三の宮の姉・女二の宮を正室に迎えたが、女三の宮への未練を断ち切れずにいる。古書 古文書 まとめて 100点以上 大量出品 和本 資料 古い教科書 仏教 当時物。葵祭りの前日、柏木は源氏の君の不在時に小侍従の手引きにより女三の宮と逢瀬をした。村上政太郎『三重県史談 全』明治26年 豊住謹次郎(三重県津市)刊 明治時代和本。夏のある日、源氏の君は女三の宮の体調不良の原因がご懐妊と知り、不審を抱いた源氏の君が柏木から女三の宮あての手紙から柏木と女三の宮の密事が発覚する。h◇ 古文書 四武衝陣四頭八尾陣図 光明院増譽 軍書 時代不明 /n01-4。(女三の宮の子がのちの薫の君)源氏の君、41歳から47歳までを描いている。河上徹太郎『ドン・ジョヴァンニ』限定275部(特別限定版)昭和50年 槐書房 越前手漉和紙本(岩野平三郎特漉局紙本)モーツァルトオペラ論。


自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)」と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)


自筆上部の「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。野田理一『日野椀の転生』限定120部 昭和47年湯川書房刊 総手漉和紙本 奥州の漆工芸・日野椀と秀衡椀の関係を解き明かした漆芸論。押捺の詳細な理由は下記説明欄に記載
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。速水春暁斎『絵本堪忍記』(全3巻揃/合本1冊)文政10年 河内屋茂兵衛他 江戸時代和本 京都の浮世絵師の絵入本 中国古典「二十四孝」翻案本。)

大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載

《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
「若菜・下」の巻は英文で「New Herbs Part Two」と表記されます。横河秋濤著 長谷川貞信画『開化の入口』(3冊)明治7年 松邑九兵衛版 明治時代和本 明治維新 文明開化 廃仏毀釈 彩色木版画 浮世絵 絵入本。
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という。写本 加州仇討 全 弘和4年 江戸時代 加賀国 石川県石川市 武術活劇 武道 武士 近代女武勇集 検) 江戸期古書和書古本古文書 NS。これは、中国の皇帝が譲位した場合、高位の高官も職を致仕(退官)するという「白氏文集」の漢詩文に由来している。微行者イエス 赤岩栄 昭12 日本基督教団 日本共産党 椎名麟三 キリスト教 新約聖書 神学宗教学カトリック プロテスタント 戦前明治大正NV。「若菜・下」では在位十八年の冷泉帝が譲位し、これにつれて太政大臣が致仕する。仲田顕忠輯『類題武蔵野集 二編』(全2冊揃)安政4年 山城屋佐兵衛他刊 江戸時代和本 江戸の歌人の短歌を集めた類題歌集 和歌書 和歌。原文には、「かしこき帝の君も位を去りたまひぬるに、年ふかき身の冠(かふふり)を懸(か)けむ」と記されており、「白氏文集」の漢詩文からの引用である。往生論註講判 上中下三冊揃 香龍院渡邊法瑞 雲樹院南條神輿講述 明治41年 仏教 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗空海親鸞法然密教 古文書 NR。》

「額縁入自筆原本」



(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。n■ 韻鏡十二反切例口訣 2冊 古書 和書 年代不明 /C09。)

「自筆原本」

自筆下の二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘の幾千姫(玉映)の落款。註解名蹟碑帖大成 上巻。

自筆上部のタテ長の印は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて
諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款。永島春暁『教育日本歴史名馬鑑』彩色木版画譜 明治時代和本 源義家・真田幸村・加藤清正・上杉謙信ら戦国武将たちの名馬を描く。
反対側の印は仙台藩医・木村寿禎の落款


《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。貞極・仏定『正続蓮門住持訓』文政7年序刊 江戸時代和本 浄土宗 仏教書 仏書 正続蓮門住持訓/上宮太子釈氏憲法 聖徳太子資料。》

自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)


自筆が「古切」とされたのは江戸時代。1884年 駒池義戀柵 朝日影芦邉眞鶴 玉置清七 歌舞伎 古書 和本  明治17年 アンティーク。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載

(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。【送料無料】折田年秀日記 第一&第二(平成9年 湊川神社 謹呈本 宮司 社務 楠木正成 幕末維新 薩摩藩士 薩英戦争 砲術 古文書 神道)。


《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という若菜・下の原文中に引用されている漢詩の落款が押捺されている。由美乃道/北村命正/大正15年/内閣総理大臣・若槻礼次郎題字/弓矢の起源・古代弓矢・外国弓矢・矢の種類・弓矢の名所・同射方心得・羽の名所。》

《いみしかりつる》・・・・・ね(音)も、みゝ(耳)につきて、
戀しくおほえ給ふ。紅染山鹿庵『古今茶道全書 信』元禄7年 吉田伊兵衛他板行 江戸時代和本 茶の湯 茶道書。わか北の方は、故大宮の教へ聞え給ひしかと、
心にもしめ給はさりし程に、わかれたてまつり給ひにしかは、
ゆるらかにも彈きとり給はて、をとこ君の御前にては、はちてさらに彈き給はす、
何事も、たゝおいらかに、うちおほときたるさまして、子とものあつかひを、
いとまなく、つきつきし給へは、をかしき所もなくおほゆ。南郊校訂 松川半山画『仮名数引改正増補 歌曲時習考 全』嘉永元年 積典堂蔵版 江戸時代和本 地歌歌本 彩色木版画多数入 枕本。さすかに、
はらあしくて、物ねたみう(打)ちしたる、
愛敬つきて、うつくしき人さまにそ、物し給ふめる。『袖珍百人一首 全』天保15年 柏原屋義兵衛刊 江戸時代和本 小倉百人一首。
院は、たいへ渡り給ひぬ。HH-6711■送料込■ 風俗画報 日清戦争図絵全10編 台湾征討図絵全5編 台湾土匪掃攘図絵全2編 台湾蕃俗図会全2編 石版画 本 古書 /くJYら。うへは、とまり給ひて、
宮に、御物かたり(語)なと聞(きこ)・・・・《え給(たまひ)て》


(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。紀元二千六百年記念 現代日本畫展覽會畫集 昭和十五年 合同新聞社発行 古書 古文書 和書 古本 骨董 古美術。



(2)・自筆の「原文の現代語訳文」は次の通りです。『帝国海軍の将星/これが帝国海軍の全勢力です』/古文書。


《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》

《朱雀院(前・朱雀天皇)の五十歳の御賀を兼ねて宮廷の豪華な祝宴》

《女三の宮、紫の上、明石御方、明石女御の女楽(演奏)が終わり和やかな雰囲気》

《大将(夕霧)殿は、ご子息の君たちをご自分のお車に乗せて、
月の光の澄みわたる夜空の下をご退出になる。中村護編緝 関新吾校訂『小学口授経済談』明治12年 柳原喜兵衛他刊 明治時代初期の経済学書 活字本(柳原活版所印刷)。
道すがら、対の上(紫の上)の箏(そう)の琴の、世間並のとは変って
たいそうすばらしかった》・・・・音色が耳の底に残りひびいていて、
恋しく思わずにはいらっしゃれない。國民生活と宗教 明治発行。ご自分の北の方(雲居雁)は、
なき大宮(雲居雁の母)がお教え申されたのだった。図説教授 家相大全 上中下。
だが、まだ北の方(雲居雁)が幼少のころ、身を入れてお習いにもならなかったうちに、
大宮の御もとからお離れ申されたので、十分に稽古をお積みにもならなかった。書簡 古文書 飛田周山 いはらき新聞社宛て 封筒付き 茨城大学 企画展 パンフレット付き 歴史資料 (レターパックライト発送)。
そういうものだから、夫君(夕霧)の御前では修練不足のゆえ、恥ずかしがって
いっこうにお弾きにならない。色葉字類抄 古典保存会 1926 複製。
周囲の演奏のおりには、何事もただおっとりと、おおようにかまえておいでになって、
お子たちのお世話を、暇もなく次から次へとしていらっしゃるので、
なんの風情(ふぜい)もないといった感じである。横山正旧蔵書 津坂孝綽(津阪東陽)『絶句類選』(全21巻2冊揃)文政11年序 稽古精舎版 江戸時代和本 七言絶句名詩集 漢詩集 津阪東陽。
それでもさすがに、不機嫌になったり何かと嫉妬しているのは、
愛敬があってにくめないお人柄でいらっしゃるようである。皇朝言行録(天・地・人・附」4冊和綴じ本。
《二十二・女三の宮、紫の上、明石御方、明石女御の女楽(演奏)が終わり家路につく》
院の殿(源氏の君)は、その夜、東の対へお越しになった。創の絵羽 戦前明治大正 染織 染物 振袖着物 唐物掛軸仏画古写経中国朝鮮青銅器光悦乾山志野高麗茶碗古筆手鑑古染付煎茶道具 NM。
上(紫の上)は、寝殿にお残りになり、宮(女三宮・朱雀天皇の皇子・源氏の君の正室)に
お話などを・・・・・・《お申しあげになってから、ご自分のお部屋には夜明け方お帰りになった。西條八十作詞 成田為三作曲『仲よし小よし』大正10年 アルス刊 カバー付初版本。》

備考:冷泉天皇は桐壺天皇と藤壺中宮の皇子としているが実際は源氏の君と藤壺の皇子。守本恵観『おしへ乃つえ』大正10年序 信行社刊(京都)明治時代和本(大正刷)心学書 道話 教訓書 おしへのつえ おしえのつえ。東宮(皇太子)は、今上天皇として即位し、今上天皇と明石女御の御子は、源氏の君の孫、のちに次期天皇として即位する未来が開け源氏の君の栄華が際立つ。藤原定家『未来記雨中吟』寛永15年 風月宗智刊行 竹中重門家旧蔵書(印記「竹裏館文庫」)江戸時代和本 歌学書。

現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)

備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。f23121633〇明治布告布達 学制 日本最初の近代的学校制度を定めた教育法令 109章 明治5年 布告全書〇和本古書古文書。
禁裏(京都御所)で書かれたものです。井垣北城『北城句集』限定300部 昭和53年 私家版 柳田泰雲・斎藤茂吉に師事した書家・俳人。


(2)・自筆の「英訳文」は次の通りです。宮城清行集成 佐野利有他校『和漢算法大成』(全9巻7冊揃)明和元年 河内屋茂八蔵版 江戸時代和本 数学書 算数書 和算書。


《New Herbs Part Two(若菜・下)》
Kumoinokari, his wife, had had lessons from their late grandmother,
but had been taken away before she had learned a great deal.
She quite refused to let him hear her play.
She was a sober, reliable sort of lady whose family duties took all her time.
To Yugiri she seemed somewhat backward in the accomplishments.
She was her most interesting when, as did sometimes happen,
she allowed herself a fit of temper or jealousy.
Genji returned to the east wing.


英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward George Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)



(2)・自筆の「中国語訳」は次の通りです。希少 定本 尾張名所図会 海東郡 海西郡 東海地方史学協会 限定70部の内44番 昭和62年 古書 古文書 和本 名所 絵本 資料 TZ-487G。


《若菜・下》
只是于无何事,都很温厚周。大坂城誌 日本城郭誌 全4冊 小野清  明治32年 古書。后来生二子,忙于育,便无余暇。永正主照黙『真宗宝璽伝』承応3年後跋 光徳坊日新舎所蔵 江戸時代和本 木活字本 浄土真宗 仏教書 仏書。
因此一向缺乏雅之趣。亀田鵬斎『候鯖一臠』(全5冊揃)天保13年 善身堂蔵版 江戸時代和本。然而善于嫉,其嗔之色,却也媚可。端午玩具集 昭和51年。
当夜源氏宿紫夫人房中。南郊校訂 松川半山画『国字数引増補改正歌曲時習考 全』前川善兵衛刊 江戸時代和本(明治刷)地歌歌本 彩色木版画多数入 枕本。紫夫人却留在三公主,和,
直到破才回房来。清水卯三郎訳述『西洋烟火之法』明治14年 瑞穂屋蔵版 ヨーロッパ花火論 花火技術書。人睡到日高方始起身。楳本古鉄編『清朝書画人名一覧』明治12年 馬場巳之助刊 元袋付/畳物一舗 明治時代和本 中国清代の画家・書家・文人一覧 銅版刷。


中国訳文の出典:『源氏物(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)


「若菜・下の巻」原本の末尾(原本番号107-B)の印は、仙台藩第五代藩主・伊達吉村の正室・伊達貞子の押印

中央の写真(右から2番目)の写真が「源氏物語」若菜・下の巻の末尾(原本番号107-B)の押印。内藤広前旧蔵書 写本 新井白石「画工便覧」(全6巻揃/合1冊)江戸後期写 江戸時代和本(写本)大和絵師や狩野派など画家系譜書 日本美術史。
左下の四角の大きな印は仙台・伊達家の家紋の印(竹に雀)
家紋の上2つの印は仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)の印。写本『大日本分銀者位附』文政7年 佐藤本蔵道信写 大坂鴻池善右衛門(鴻池家)を筆頭に長者/資産を一覧 江戸時代和本(写本)。冬姫は内大臣・通誠の養女。写本 試験方 上巻? 福井丹波守 江戸時代 漢方学 薬学薬理学 東洋医学 戦前江戸期明治大正古書和書古本 NM。
冬姫は通称。村山芝塢・北条氷斎『大清三朝事略』(全2巻1冊)寛政11年 須原屋茂兵衛刊 江戸時代和本 中国史 清朝史 井上四明 昌平坂学問所。正式な名は伊達貞子。順水庵天由編 惺庵西馬(志倉西馬)訂 守轍白炎校『花鳥暦 全』安政5年序刊 江戸時代和本 俳諧書 俳書 俳句。2つとも貞子の印。Y066 時雨供養集 古池教会 明治43年 古書 レトロ コレクション。左端の写真は「若菜・上の巻」末尾の拡大写真。中内樸堂(中内惇)『樸堂詩鈔』(全6巻3冊揃)明治5年 若林友七他刊 明治時代和本 漢詩集 斎藤拙堂門下の伊勢津藩士 三重県津市郷土史料。
左上端の細長い落款は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩文の印。古文書 三部五部 灌頂印言 文化2年 大阿闍梨耶律厳 江戸時代 仏教 密教 真言宗 空海 天台宗仏陀浄土真宗浄土宗親鸞写本西院流印信案密印NP。漢詩文の右の2つの印のうち、下は出雲藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)の印。大塚祐英編『東京各社 討論筆記 第5号』明治15年 秩山堂刊 明治時代政治史料。方子の上の印は方子の娘・幾千姫(玉映)の印。陸奥会津藩領田川村古文書●天和3年(1683) 越後国魚沼郡田川村御検地水帳 80丁 魚沼郡田川村 現在の新潟県魚沼市 231118。右上の印は仙台藩医・木村寿禎の落款。明治五年・明治三十五年・明治天皇肥後行幸誌/昭和7年/非売品/明治五年の御巡幸と明治三十五年特別大演習行幸との事蹟を纏めんとす。右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。No.672 昭和11年 1936年 新選 国漢参考図録 帝国書院。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)


自筆の疎明資料等は、下記の通りです。副島仲謙 堀内利国 明石退蔵『陸軍病院扶卒須知』明治8年陸軍文庫 明治時代和本 軍医学書 看護学書 西洋医学書 医書 陸軍病院 日本陸軍資料。



(Ⅰ)・上の写真右端は、高松宮「源氏物語」のうち「桐壺」の巻冒頭・(出典資料 別冊「太陽」「源氏物語絵巻五十四帖」(平凡社・刊)78頁。岩雲花香著 市岡和雄跋『花鏡歌集』嘉永4年序 慶雲堂刊(尾張)江戸時代和本 阿波国生の国学者の歌集 徳島県郷土史料。筆者は近衛関白政家公。谷森善臣『嵯峨野之露』明治35年 青山堂書房刊 南北朝時代天皇論 伴信友門下の国学者の日本史書 明治時代和本(和装活字本)嵯峨野の露。中央の写真は、応永五年(1398)の年号。丹青一班 全5巻 古書。年号の左の印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)。浅井了意『新語園』(全10巻10冊揃)天和2年 小佐治忠治他刊 江戸時代和本 仮名草子 漢籍等の故事逸話を紹介した教訓書。左の写真は、桐壺の巻の奥付。『風土』(22冊セット)昭和30-32年 郷土史学研究会刊(愛知県瀬戸市)古瀬戸・瀬戸物等の関連資料。左大臣から関白に昇進した近衛基熙(もとひろ)公の花押。岡目蜂杢『七草弁妄俳諧春乃田』(全2冊揃)天保12年 夏冬堂蔵版 江戸時代和本 俳諧書 俳書 俳論書 桜井梅室批判牧岡天来『誹諧七草』反駁。上下2段の花押のうち、上の印は。伊原敏郎編 関根只誠著『芝居双紙 東都劇場沿革誌』(全5冊揃)大正5年珍書刊行会 江戸時代歌舞伎座論/歌舞伎論 伊藤孝一旧蔵「甘露堂蔵」。出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)、下の印は仙台藩医・木村寿禎の落款(印譜)


「自筆の画像断層(MRI)写真」


(出品した自筆の「断層画像写真」(若菜・下の巻)MRI 35―41B
自筆下二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款



「天皇の曽祖父・大炊御門宗氏の系図」「額縁裏面表記ラベル」
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」


1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。写本 春秋庵白雄(加舎白雄)『俳諧寂栞』(全3巻3冊揃)安永9年後跋 俳諧 俳句 連歌 俳書。2番目の写真は近衛基熙の肖像(陽明文庫・所蔵)
3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の天皇家・近衛家略系図
【天皇家・近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ・7)平成29年7月淡交社・刊行】
4番目の写真は、「日本史の茶道」千利休の孫・宗旦と近衛基熙の茶の湯の交流」120頁(淡交社刊)
5番目の写真は、近衛基熙が、御所で第111代・後西院天皇を主賓に茶会を開催した記録「公家茶道の研究」55頁(谷端昭夫・著)


「源氏物語」「若菜・下の巻」絵図、茶室関係資料

下記写真1番目は、「源氏物語屏風(若菜・下)」(源氏物語絵巻)

朱雀院(前朱雀天皇)の五十の賀を祝い女三の宮、紫の上、明石女御が演奏する「女楽」の有名な場面
上の女性三人のうち右から紫の上は和琴、明石の女御は箏、女三の宮の琴。船水清著 米澤小蘭・福士夕湖書『句集 海原鈔・山並鈔』(全2冊揃)限定100部 昭和57年 緑の笛豆本の会刊(青森県)。
手前の後ろ姿で琵琶を弾いているのが明石の君



上から2番目の写真は、「淡交」別冊(愛蔵版・№71 『源氏物語』特集)

上から3番目左右の写真は、茶会における大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」を茶道具として用いた茶室の事例




大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵(断簡)を出品
商品説明(来歴)大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の旧所蔵である。加宮貴一創作集 人情修業 昭和8年発行。近衛基熙は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を書いてある。磯ヶ谷紫江『紫江貼書符』限定30部 昭和28年私家版 蔵書票集 川上澄生 関野準一郎 牛田鶏村 芹沢銈介 丸山太郎 磯部鎮雄ら。出品した大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに近衛家から出雲松江藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)に伝わり、方子の生家である仙台藩から同藩の藩医・木村寿禎に伝来していたものである。松尾芭蕉『校正俳諧七部集 全』弘化2年 花鳥庵蔵板(元袋付)江戸時代和本 俳諧書 俳書 俳句。

漢詩文原本自筆上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という。幕府領(会津藩預所)佐倉村古文書●寛政2年(1790) 公事方留書 全 100+3件 42丁 大沼郡佐倉村 現在の福島県昭和村 231113。これは、中国の皇帝が譲位した場合、高位の高官も職を致仕(退官)するという「白氏文集」の漢詩文に由来するものです。2 古文書 模写 写し 写本 千葉県令 申上書 市町村 沿革 明治維新 肉筆 大久保利通。「若菜・下」では在位十八年の冷泉帝が譲位し、これにつれて太政大臣が致仕する。古文書 半井寿庵 村井甫庵宛て 請取書 雪村 朱文公 寛文2年 歴史資料 珍品(レターパックライト発送)。原文には、「かしこき帝の君も位を去りたまひぬるに、年ふかき身の冠(かふふり)を懸(か)けむ」と記されており、「白氏文集」の漢詩文からの引用である。新田興著 新田大作編『雲處筆墨』昭和57年私家版 漢文学者/漢詩人の水墨画集 別冊「王道院曼陀羅」付。紫式部は「若菜・下の巻」を書くに際し、漢詩を熟読したうえで原文を書いていることがわかります。意之内鏡 壹 江戸時代 安政 歌舞伎浄瑠璃 検) 古書和書古本和本古文書写本 NT。また、原文中の上部に「篆書(てんしょ)体」の落款を入れたのは、仙台藩の藩主の正室・仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)、通称伊達貞子か出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)のいずれかと推定されております。【銀行家 柳満珠雄の直筆書状】 旧帝國銀行大阪支店長時代 三井銀行社長 真作 M0127A。

漢詩の落款の意味原本上部の漢詩の落款は、「讃」と称されるもので、古来、掛軸の書画に第三者がお褒めの言葉を書き込むもので元々は自筆でした。k1605 ラヂオと飛行機 山口巌 大明堂 大正13 戦前 古書。貴族から始まり藩主、あるいは高名な茶人や僧侶が書かれて、それが茶会の「掛軸」に装丁されて披露されておりました。三五園月磨(堀源甫)『道歌心のうつし画』文化10年序刊 江戸時代和本 和歌に託して心のあり方を説いた判じ物形式の教訓書 文字絵 絵入本。 特に出雲・松江藩などの茶道の盛んな大名家の所蔵する自筆などに「讃」が付され、後に自筆に代わり、石刻による「漢詩」の篆書が「讃」として用いられました。日本染織商工史 泉俊秀 昭和4年発行 1103V4G。 「茶事」は、「ヨーロッパの晩餐会(ばんさんかい)」とも言われます。『京みやげ京名所あんない』江戸中期頃の京都名所案内 江戸時代和本。晩餐会では、「ワインを楽しむために行われる」ところも似ています。マクレイン原著 和泉弥六訳『基督教の学術的研究』明治27年 基督教書類会社刊 明治時代のキリスト教神学書。とりわけ、茶室に入って行うことは、床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)することです。Y004 古書 遅月庵文集 6冊セット レトロ コレクション。茶道では「掛け軸は最高のごちそう」といわれております。★ 【大村益次郎文書 内田 伸 編 マツノ書店 昭和52年】151-02310。とりわけ、漢詩の落款は、ただ、古典の漢詩を入れればいいという単純なものではなく、たとえば、「源氏物語」の場合、原本の中に込められている紫式部が考えた知識を読み解くことにあります。石井満水案『戌年にちなめる趣味の年賀はがき 第二輯』戦前刊 絵葉書全8枚揃 年賀状。「讃」の中に有名な白楽天の漢詩を単純に落款として入れたのではなく、紫式部が原本の中に白楽天の漢詩を読み込んでいることを知ったうえで漢詩を選んでおります。Y015 古書  付合集 3冊まとめて レトロ コレクション。 落款の「讃」の元になるその原文の個所には、
「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款が押捺されている。基督教新解 富永徳磨 明治42 駒込基督会牧師 黎明会 八木重吉 キリスト教 新約聖書 神学宗教学カトリック プロテスタント宣教師戦前大正NV。この漢詩は「白氏文集」の漢詩に由来するものです。『狭衣物語』(15冊)承応3年 谷岡七左衛門板行 最初の製版本 江戸時代和本 絵入本 平安時代物語 平安文学。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。1 古文書 模写 写し 写本 千葉県令 申上書 市町村 沿革 明治維新 肉筆 鎌足村 金田村 木更津。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。明法志林社編『明法志林』(20冊セット=第31-50号)明治15-16年 明法志林本局・国文社刊 明治時代和本。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。煎茶早指南 嵐翠子著 永楽屋板 江戸後期頃写刊 茶道 和本 古文書。


自筆の希少価値について自筆の稀少価値は、和紙の生成技法の緻密さにあります。v△△発行年不明 俳諧季寄 是々草(これこれ草) 上下巻 2冊揃い 芭蕉翁所藏蛙嚢圖 山田茂助蔵 加藤正得 加藤正修 無刊記 和本 古書/R06。上の「拡大断層(MRI)写真」でわかる通り、極めて薄い和紙の上に墨の文字がくっきりと浮き上がるように「源氏物語」の文字が記されております。絵本新柳樽 二編、三編、四編★慶賀作★嘉永二巳酉(496)。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。旗本領川島村(土睦村)古文書●明治34年 總根麿雑記 27丁 菱田文庫 千葉県長柄郡土睦村 現在の睦沢町 231021。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。八島五岳『百家琦行伝』(全5冊揃)弘化3年 銭屋惣四郎他刊 江戸時代和本 絵入本 変人奇人伝 三井親和、森島中良ら。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。写本 参蘇飲 江戸時代 漢方学 薬学薬理学 東洋医学 戦前江戸期明治大正古書和書古本 NM。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。The Navy・海軍/明治四十五年-大正元年/練習艦隊帰航記念号・海軍記念日記念号・御大喪号含む12冊・第七巻・合本/中村静嘉編集監督。撮影後、展示のために再表装をしております。真像太閣記画譜 又玄斎南可 彩色木版刷 三篇 上下2冊 明治16年。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。角田九華『続近世叢語』(全8巻4冊揃)弘化2年 河内屋真七刊 江戸時代和本 漢文集 中井竹山弟子 頼山陽との漢詩交流で知られる儒学者。

断層(MRI)写真従来、日本の古美術の鑑定の際の分析・解析は、エックス線写真、赤外写真、顕微鏡が中心です。3 古文書 模写 写し 写本 千葉県令 申上書 市町村 沿革 明治維新 肉筆 眞舟村の沿革史。一方、アメリカやイギリスでは研究が進み和紙の組成状況を精確に分析・解析をするために断層(MRI)写真が利用されており、今回の出品に際し、「断層(MRI)写真」を資料として出しました。信濃国水門郡水沢村検地帳 2冊 YH230。本物を見分けるための欧米の進んだ分析・解析技術を見ることができます。兵法・兵法六韜 北村佳逸 立命館出版部 昭和10年 司馬 老子 孔子 武韜 龍韜 古書 アンティーク。

寸法「源氏物語」自筆の大きさ タテ21.8センチ ヨコ12.8センチ。クウプリン著 小松原雋訳『柘榴石の腕環』昭和2年 聚英閣刊 アレクサンドル・クプリーン チェーホフ ロシア文学訳書。額縁の大きさは タテ37.0センチ ヨコ28.0センチです。ギルス・モラ+クロード・ノリ写真集 Gilles Mora・Claude Nori『L'ete Dernier』1983年パリ刊 フランス現代写真。額縁は新品です。古文書 片野長次兵衛 「徒く者山(筑波山)恋明書並びに名所」 貞享4年刊 筑波 木版 和本 茨城 コレクション(レターパックライト発送)。

「源氏物語」の自筆について1・筆跡の分析について
 国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。吉本達著『法理原論』(全4巻3冊揃)明治13年 竹下人并刊 明治時代和本 法律書 法学書。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。関取二代勝負附(507)。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。西川如見『百姓袋』(全5巻3冊揃)嘉永2年 秋田屋太右衛門他刊 江戸時代和本 百姓嚢。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。希少 古書【ホトトギス 昭和八年 十二月號】全142ページ◆俳句 小説雑誌◆骨董 文献◆高浜虚子 雁盗人/川端芽舎 花鳥巡禮/山口青邨 他収録。

2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。完品 佐々木桔梗著 岩佐東一郎序『探偵 旅 書物』限定100部 昭和29年 水曜荘 書物随筆集 鬼塚和之旧蔵(宮本匡四郎作蔵書票付)。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。大塚祐英『日本人民是非入用』明治18年 秩山堂刊 明治時代の書式見本集 書類文例集 公的書類テンプレート集。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。条野採菊著 歌川芳虎画『豊臣昇雲録』(3冊=初~3編)松林堂刊 豊臣秀吉の出世を描いた絵入本 明治時代和本 羽柴雲昇録。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。空海『改正秘蔵宝鑰』(全3巻3冊揃)明治時代和本 弘法大師空海 平安時代仏教書 仏書。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。榊原篁洲『詩法授幼抄』(全3巻3冊揃)延宝7年 文臺屋治郎兵衛他刊 江戸時代和本 漢詩論集 木下順庵に学んだ漢詩人 詩法授幼鈔。

3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。Y079 日露戦争勝閧集 東京 古池 明治37年古書 レトロ コレクション。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。『囃謡・外囃諷』(全2冊揃)宝暦10/12年 鳥飼市兵衛他刊 江戸時代和本 能楽 謡本 お能。

4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。荻田筱夫『世界乃富 一名産物往来』宝文堂刊 明治時代和本 長谷川貞信彩色木版画「神港の交市盛大にて各国舩泊の図」入 神戸港。母は後水尾天皇皇女女二宮。教育史教科書 中島牟次郎 明治三十六年 古書 アンティーク。実母は近衛家女房(瑤林院)。書願伺届書式彙纂 戸田十畝 福井淳 明治21年 増補再版。幼名は多治丸。岡田正訳『地球儀使用詳解 全』明治9年 岡田正蔵版 明治時代和本 彩色木版画「地球儀之図」「地球全図」「地平線之図」入。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。高村蕩一郎編『松竹梅三人娘』明治17年 金幸堂他刊 明治時代和本(和装活字本)彩色木版画装 絵入本 読物 戯作。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。古文書 檄文 自訴状 「従□藩浪諸藩エノ檄文其自訴状モ又用之云」 ペリー来航 浦賀 斬奸城 江戸 水戸 幕末 文久 (レターパックライト発送)。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。讃井逸三/川村秀二訳『密都爾氏地理書直訳 第三篇』明治5年村上勘兵衛 明治時代和本 アメリカ地理学者Samuel Augustus Mitchell元著。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。太陽略暦、略本暦まとめて 明治9.10.13.15.16.17.19。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。神栄講報恩勤行式 大正7年 経本 御経 仏教 検)仏陀浄土真宗浄土宗真言宗空海親鸞法然密教 戦前明治大正古書和書古文書古本 NS。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている

HP近衛基熙・旧所蔵「源氏物語」自筆を出品いたしました。写本 伊藤東涯『盍簪録』(2巻=巻1、巻2 合本1冊)江戸時代和本(写本)。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ「源氏物語の世界」をご覧ください。頓陳漢斑馬述 香夢亭主人編 尾形月耕画『月雪花恋路の踏分』(全3冊揃)明治16-17年 春陽堂/和田篤太郎 明治時代和本(和装活字本)。

ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。Mary A.Swift『理學初歩 First lessons on natural philosophy』慶應3年(1867年)YEDO刊 江戸時代和本 江戸幕府「開成所」活版本 活字本。


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